スノーボードメンテナンスのプロ中のプロ、坂本壮さんを取材すると、意外な言葉が飛び出しました。
「初心者の方なら、ホットワックスは不要です」
つまり、基本的には「ホットワックスよりも手軽に塗れる簡易ワックスを用意しておく方が役に立つ」ということなのです。
この記事では、初心者にとって「多くの人がすすめるホットワックスが必要ないのはなぜか?」「なぜ簡易ワックスだけで十分といえるのか?」といった背景を、プロの目線で解説してもらいました。
今回解説してくれたのは坂本壮さん
坂本壮:SO TUNE UP SYSTEM代表。ガリウムワックスのサービスマンとして、約20年にわたり競技シーンでスキーヤー、スノーボーダーを支えてきたプロフェッショナル。現在も多くのプロショップと提携し、スキー・スノーボードのチューンナップやメンテナンスを行っています。
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「初めてのボードなら簡易ワックスで十分」な理由
ボードが走らない最大の理由は「汚れ」。これを押さえておくと、ボードを走らせる重要なポイントが見えてきます。
つまり、汚れを落とすことで板はある程度走ってくれるのです。
特に春の雪はボードに汚れを付着させやすく、リムーバーで汚れを落とすだけで滑走性が回復することもよくあります。
そう、簡易ワックスです。
上級者がバカにしがちな簡易ワックスにはリムーバーと同じ成分が入っているため、これだけでも、ある程度ボードは走ってくれるのです。
特に、初心者向けのスノーボードのソールはそもそもホットワックスが浸透しにくいため、簡易ワックスのほうが相性が良い場合もあります(注1)。
注1……エクストルーデッドソールはワックスが浸透しにくい結晶構造です。
簡易ワックスはリンスインシャンプーのようなもの
簡易ワックスにはワックスの主成分であるパラフィンも含まれていますが、パラフィンは常温で固形化してしまいます。そこで、汚れを落とすリムーバーと同じ成分(溶剤)を混ぜることで、液体や半ねり状の商品に仕上げているのです。
簡易ワックスは、いってみればリンスインシャンプーのようなもので、汚れを落とすと同時にワックスの効果も発揮できるというアイテムです。
特に汚れのつきやすい春の雪では、スクレイピングと簡易ワックスが大きな効果を発揮してくれます。
スクレイピングとは、専用のプラスチック板(スクレイパー)でソール表面の汚れを落とす作業のことです。
そもそもワックスの力はそれほど大きくはない
板が滑るかどうか。その違いにはワックスの力もありますが、それよりソール自体の性能が大きく影響してきます。
ざっくりいうと、
- ソールの良し悪し
- チューンナップ
- ワックス
という順に影響が大きく、ワックスの恩恵というのは、そのほかの要因に比べるとごくわずかともいえます。
まず、ソールによってその雪で走るかどうかが決まっています。それを助けるためにあるのがチューンナップだったりストラクチャーだったりします。一番最後の要因がワックスということです。
ソールのグレードだけでなく、素材の硬さが影響します。トップシーズンは硬いほうが有利で、柔らかい雪には柔らかいソールが有利です。
可能なら、簡易ワックスを使い分けるのがおすすめ
簡易ワックスは、ざっくりと以下の3種類に分類できます。
- 液体ワックス
- エアゾール
- ペーストタイプ
余力があれば、これを雪面温度(気温)によって使い分けることをおすすめします。
液体ワックスはソール面に被膜を作るので一番硬く、ペーストタイプは柔らかい状態でソール面に付着します。
ホットワックスでも雪面と同じ硬さのものを選ぶことで、摩擦抵抗を減らしてよく走る状態を作ります。この考えは簡易ワックスも同じで、硬さを選ぶことで雪のコンディションに合わせることができます。
ざっくり言うなら、
簡易ワックスの種類 | 向いている雪質 |
---|---|
液体ワックス | 硬い……トップシーズンの硬い雪質に適している |
ペーストタイプ | 柔らかい……春先など柔らかい雪質に適している |
というチョイスでOK。このように使い分けることで、よりボードが滑るようになります。
エアゾールタイプは液体タイプと性質が似ています。
3月末や4月のベタ雪では、ペーストタイプをコルクでこすったりせずそのまま使うとよく走るケースがあります。なぜなら、塗りっぱなしのペーストタイプはかなり柔らかいため、柔らかい湿雪でよく走るという理屈です。
もちろんペーストタイプを塗りっぱなしにすると剥離するのも早いため、数本滑るたびに塗りなおしてあげるとベストでしょう。
春雪の対策方法について、詳しくは以下の記事で解説しています。
難しくて大変そうなホットワックスとは結局なに?
坂本さんは「誤った方法でホットワックスをかけるなら、簡易ワックスの方がいい結果が出る」といいます。
そのように敷居の高いホットワックスは、次の手順でかけていきます。
クリーニング
スノーボードのソールをプラスチックスクレーパー(不要なワックスを削る道具)で剥がし、次にリムーバーで汚れを落とします。
ベースワックスを塗る
専用のアイロンで溶かしたホットワックスをソールに垂らし、伸ばしていきます。
雪質にあったワックスを塗る
ベースワックスをプラスチックスクレーパーで剥がしてから、雪質にあった硬さのワックスを、アイロンで溶かして塗っていきます。
ナイロンブラシで仕上げる
滑走用のワックスをスクレーパーで剥がし、ノーズからテール方向に向けて、ナイロンブラシ等でブラッシングしていきます。最後にペーパータオルでソールのゴミを拭き取ります。
このようにめんどうな手順でワックスをかけるのには理由があります。
ワックスは図のようにソールの微少なすき間に染みこんでいきます。不要なワックス(図左)は、図右のようにスクレーパーで削ります。削ることによってソール面が平らになり、よく滑るようになります。
このように、ホットワックスをソール内部に染みこませることによって、耐久性と滑走性を両立することができます。
しかし、エクストルーデッドソールにはほとんどワックスが染みこみません。これについては後ほど詳しく解説します。
ホットワックスの手順は「JSBAスノーボード教程」に準拠しました。
3点セットで買ったボードをチューンナップに出すべきか?
この部分は元スノーボーダー編集長の立石の意見ですが、低価格帯のエントリーモデルであっても、3年くらいは十分に楽しめると思います。1シーズンで買い替えるのではなく、3年くらい乗ってあげてください。
週末スノーボーダーであれば、ある程度自由に滑れるまでに3年はかかるからです。
その間、背伸びをして上級モデルに買い替えたとしても、むしろ扱いにくくメリットは薄いでしょう。
というわけで、3点セットで買った初めてのボードも、シーズンが終わったらメンテナンスする必要があります。そうすれば、翌シーズンも気持ちよくスノーボードできるからです。
ここから先はまた坂本さんの解説を元に構成します。
ホットワックスは不要だがクリーニングは必要
量販店の3点セットで買ったスノーボードのソールは、ほとんどの場合シンタードではなくエクストルーデッドソールです。
エクストルーデッドベースとシンタードベースでは、作り方も材料も異なっており、同じポリエチレンであっても、上の概念図のように構造が違っています。
シンタードベース(上図右)は結晶ではなくアモルファスと呼ばれる状態になっていて、すき間が多く、ホットワックスが浸透しやすい構造です。
いっぽうエクストルーデッドベース(上図左)は結晶構造で、ホットワックスがほとんどしみ込んでいきません。
そこで、低価格モデルのソールであればホットワックスはむしろ不要で、シーズン後のメンテナンスも大がかりなチューンナップまでは必要としません。
しかし、以下のような手入れはしておいたほうがベターです。
- 汚れを落としクリーニングする
- 傷んだ部分があれば補修する
フルチューンナップが必要かどうかは疑問ですが、リペアをするためにチューンナップショップを利用するのはおすすめです。
いいチューンナップショップの見分け方は…?
ワックスメーカーのサービスマンとして20年間活動してきた坂本さんは「チューンナップ屋さんの良し悪しを見分けるのは非常に難しい」と言います。
ガリウムワックスのメーカー側の立場で、さまざまなチューンナップショップに対する講習会を行ってきた坂本さん。現場では「無茶な仕上がりをたくさん目にしてきた」そうです。しかも、雑な仕上げは有名なチューンナップショップに多く、有名な選手をサポートしているからといって安心はできません。
結局、いいチューンナップショップを探すとしたら、ネームバリューで選ばずにスノーボードを買ったショップに相談してみるのがベスト。まずは、信頼できるショップが契約している、おすすめのチューンナップショップに依頼してください。
オンラインでもチューンナップを申し込めますが、当たり外れが大きく手放しでおすすめはできません。
もし心当たりがない場合は、坂本壮さんが代表のSO TUNE UP SYSTEMに依頼するという手もあります。
まとめ
ここまで見てきたように、スノーボードのワックスに関して常識と思われていたことが、必ずしも正解ではないことがわかります。
初めてのスノーボードをメンテナンスしてあげるとすれば、シーズン中は簡易ワックスを使い分けるだけでOKです。
トップシーズン | 液体ワックス |
春シーズン | ペーストタイプ |
この2種類の使い分けで、十分スノーボードを楽しむことができます。
シーズンオフにはチューンナップというより、クリーンナップや補修をするために、チューンナップショップを利用するのがよいでしょう。翌シーズンさらに快適に滑ることができるはずです。
SO TUNE UP SYSTEM
電話: 06-6331-1100
この記事では初心者向けに、少し話を単純化してお伝えしました。ボードが滑るか滑らないかには、他の要因も関係してくることがあります。改めて別記事で解説していきます。
参考文献
日本スノーボード協会(2008)『JSBAスノーボード教程』山と渓谷社